はじめに
GPL v2(GNU General Public License version 2)は、オープンソースの世界で最も影響力のあるライセンスの一つです。Linux kernelをはじめ、数多くの重要なプロジェクトで採用されています。
しかし、MITライセンスのようなシンプルなライセンスと比べると、GPL v2の原文は長く、法律用語も多く使われているため、正確に理解するのは簡単ではありません。
このシリーズでは、GPL v2の原文を3回に分けて丁寧に読み解いていきます。第1部では、前文(Preamble)と基本的な定義、そして逐語的コピーの配布ルールを扱います。
※GPL v2の概要や実践的な使い方については、GPL v2ライセンスとは?の記事をご覧ください。
GPL v2ライセンス原文・和訳
原文を確認したい方はこちら:
原文:
https://www.gnu.org/licenses/old-licenses/gpl-2.0.html
日本語訳:
https://www.opensource.jp/gpl/gpl.ja.html
前文(Preamble): GPLの哲学を理解する
GPL v2は、条文の前に長い「前文(Preamble)」があります。これは法的な義務ではありませんが、なぜこのライセンスが作られたのかという哲学を理解するために非常に重要です。
フリーソフトウェアとは何か?
原文(冒頭部分):
The licenses for most software are designed to take away your freedom to share and change it. By contrast, the GNU General Public License is intended to guarantee your freedom to share and change free software–to make sure the software is free for all its users.
和訳:
ソフトウェアのライセンスの多くは、あなたの共有と変更の自由を奪うように設計されています。対照的に、GNU General Public Licenseは、フリーソフトウェアを共有・変更するあなたの自由を保証することを意図しています。すなわち、そのソフトウェアがすべてのユーザーにとってフリーであることを確実にするためです。

新人君
「フリーソフトウェア」って、無料のソフトウェアのことですか?

ossan
実はそうじゃないんだ。ここでの「フリー(free)」は「自由(freedom)」を意味していて、「無料(free of charge)」という意味ではないんだよ。
具体的には、次のような自由のことを指しているんだ:
- 使う自由 – どんな目的にも使える
- 学ぶ自由 – ソースコードを読んで仕組みを理解できる
- 改変する自由 – 自分のニーズに合わせて変更できる
- 配布する自由 – 改変版も含めて、他の人と共有できる

新人君
じゃあ、GPL v2のソフトウェアを販売してもいいんですか?

ossan
そう、全く問題ないよ!「フリーソフトウェア」は有料で販売することもできる。重要なのは、買った人も同じ自由を持つということなんだ。つまり、買った人もソースコードを見て、改変して、再配布できるということだね。
なぜ「コピーレフト」が必要なのか?
原文(重要部分):
To protect your rights, we need to make restrictions that forbid anyone to deny you these rights or to ask you to surrender the rights. These restrictions translate to certain responsibilities for you if you distribute copies of the software, or if you modify it.
和訳:
あなたの権利を守るために、誰もあなたからこれらの権利を奪うことや、権利を放棄するよう求めることを禁止する制約を設ける必要があります。これらの制約は、あなたがソフトウェアのコピーを配布する場合、あるいは改変する場合、あなたに対する一定の責任に変換されます。

新人君
ん?「自由を守るために制約を設ける」って、矛盾してませんか?

ossan
いい質問だね!これがGPLの核心的な考え方なんだ。
例えば、こんな状況を想像してみて:
- Aさんがフリーソフトウェアを作って公開した
- Bさんがそれを改良して、でも「クローズドソース」として販売した
- Cさんは改良版を買ったけど、ソースコードがもらえない
- Cさんは自由を失ってしまった
これを防ぐために、「改変版を配布するなら、必ず同じ自由をつけて配布してね」というルールが必要なんだ。これが「コピーレフト」という仕組みだよ。

新人君
なるほど!自由を守るために、「他人の自由を奪う自由」だけは制限するってことですね。

ossan
その通り!よく理解できたね。
第0条: 基本的な定義を理解する
ここから、実際の条文(TERMS AND CONDITIONS)に入ります。まずは基本的な用語の定義から見ていきましょう。
原文:
This License applies to any program or other work which contains a notice placed by the copyright holder saying it may be distributed under the terms of this General Public License. The “Program”, below, refers to any such program or work, and a “work based on the Program” means either the Program itself or any derivative work under copyright law: that is to say, a work containing the Program or a portion of it, either verbatim or with modifications and/or translated into another language.
和訳:
本許諾書は、この一般公衆利用許諾書の条件の下で配布できる旨を著作権者が記した告知を含むプログラムまたはその他の作品に適用されます。以下で「プログラム」とは、そのようなプログラムまたは作品を指し、「プログラムを基にした作品」とは、プログラムそのもの、または著作権法の下での派生作品を意味します。すなわち、プログラムまたはその一部を、逐語的に、あるいは改変を加えて、および/または他の言語に翻訳して含む作品のことです。
重要な用語を整理する

新人君
うーん、「プログラム」と「プログラムを基にした作品」って、具体的に何が違うんですか?

ossan
分かりやすく説明するね。
1. 「プログラム(The Program)」
これは、GPL v2ライセンスが付いているオリジナルのソフトウェアのこと。
例えば:
- Linux kernel(GPL v2のプログラム)
- Git(GPL v2のプログラム)
- あるGPL v2ライブラリ
2. 「プログラムを基にした作品(work based on the Program)」
これは、そのプログラムを元に作られた派生作品のこと。
具体的には:
- 逐語的コピー: 全く同じコピー(後述)
- 改変版: コードに変更を加えたもの
- 翻訳版: 他のプログラミング言語に書き換えたもの
- 一部を含む作品: プログラムの一部を使った新しいソフトウェア

新人君
「一部を含む作品」っていうのが重要そうですね。例えば、GPL v2のライブラリを使ったら、自分のアプリ全体が「プログラムを基にした作品」になるってことですか?

ossan
その通り!これがGPLの「感染力」と呼ばれる特徴なんだ。GPL v2のコードを少しでも含むと、全体がGPL v2の対象になる可能性があるんだよ。
ただし、条文では「著作権法の下での派生作品(derivative work under copyright law)」と書いてあるから、著作権法の解釈によって範囲が決まる。これは議論が分かれる部分で、例えば:
- 静的リンク: 明確に派生作品とみなされる
- 動的リンク: 議論が分かれる(密結合の場合は派生作品とされることが多い)
- プロセス間通信: 通常は派生作品にならない
「配布(distribute)」の意味
原文の続き:
Activities other than copying, distribution and modification are not covered by this License; they are outside its scope. The act of running the Program is not restricted, and the output from the Program is covered only if its contents constitute a work based on the Program (independent of having been made by running the Program).
和訳:
複製、配布、改変以外の活動は、本許諾書の対象外です。プログラムを実行する行為は制限されず、プログラムからの出力は、その内容がプログラムを基にした作品を構成する場合のみ対象となります(プログラムを実行することによって作られたかどうかとは無関係に)。

新人君
これは何を言っているんですか?

ossan
重要なポイントが3つあるよ:
ポイント1: 実行は自由
GPLは「配布」のときにルールが適用される。単にプログラムを使う(実行する)だけなら、何の制約もないんだ。
例えば:
- 社内で使うだけ → 制約なし
- 自分のサーバーで実行するだけ → 制約なし
- SaaSとして提供(配布しない)→ 通常は制約なし(これがGPL v3で変わる)
ポイント2: 出力物は通常、対象外
プログラムの実行結果(出力)は、通常はGPLの対象にならない。
例えば:
- GCCコンパイラ(GPL v2)でコンパイルしたプログラム → GPL v2にならない
- GPL v2のエディタで書いた文章 → GPL v2にならない
ただし例外として、「その出力自体がプログラムを基にした作品」の場合は対象になる。
ポイント3: 配布しなければ公開義務なし
最重要ポイント: GPL v2の義務は「配布(distribute)」したときだけ発生する。
- 社内で改変して使う → ソースコード公開不要
- 自社サーバーで実行 → ソースコード公開不要
- 外部に配る → ソースコード公開必須

新人君
じゃあ、GoogleがGPL v2のソフトを改変して自社のサーバーで使っても、公開しなくていいんですか?

ossan
その通り!これがGPL v2の「抜け穴」と言われることがあるんだ。SaaS(Software as a Service)として提供する場合、ソフトウェアそのものを配布していないから、ソースコードを公開する義務がない。これを問題視して作られたのが、後のAGPL(Affero GPL)というライセンスなんだよ。
第1条: 逐語的コピーの配布
さて、ここから具体的な配布のルールに入ります。まずは最もシンプルな「逐語的コピー(verbatim copy)」の配布から見ていきましょう。
原文:
You may copy and distribute verbatim copies of the Program’s source code as you receive it, in any medium, provided that you conspicuously and appropriately publish on each copy an appropriate copyright notice and disclaimer of warranty; keep intact all the notices that refer to this License and to the absence of any warranty; and give any other recipients of the Program a copy of this License along with the Program.
和訳:
あなたは、受け取ったままのプログラムのソースコードの逐語的なコピーを、あらゆる媒体で複製・配布することができます。ただし、各コピーに適切な著作権表示と保証の否認を目立つように適切に掲載し、本許諾書および保証の不存在に言及する全ての告知をそのまま保持し、プログラムの他の受領者に本許諾書のコピーをプログラムと共に与えることを条件とします。
「逐語的コピー」とは?

新人君
「逐語的コピー(verbatim copy)」って何ですか?

ossan
これは「一字一句そのまま、全く変更を加えないコピー」という意味だよ。英語では「verbatim」といって、「言葉通りに」という意味なんだ。
具体的には:
- ソースコードを1文字も変えない
- ファイル構成もそのまま
- コメントもそのまま
- 空白や改行もそのまま
つまり、完全にそのままのコピーのことだね。
逐語的コピーの配布条件
第1条で言っているのは、「変更を加えないコピーなら、比較的自由に配布できるよ」ということ。ただし、以下の条件を守る必要があります:
条件1: 著作権表示を目立つように掲載
原文の該当部分:
conspicuously and appropriately publish on each copy an appropriate copyright notice and disclaimer of warranty

ossan
これは「各コピーに、誰が作ったか(著作権者)と、保証がないことを目立つように書いてね」ということだよ。
具体的には:
Copyright (C) 2024 Original Author Name
This program is free software; you can redistribute it and/or modify
it under the terms of the GNU General Public License as published by
the Free Software Foundation; either version 2 of the License, or
(at your option) any later version.
This program is distributed in the hope that it will be useful,
but WITHOUT ANY WARRANTY; without even the implied warranty of
MERCHANTABILITY or FITNESS FOR A PARTICULAR PURPOSE.条件2: ライセンス文をそのまま保持
原文の該当部分:
keep intact all the notices that refer to this License and to the absence of any warranty

ossan
これは「既にあるライセンスの表示をそのまま残してね」ということ。具体的には:
- LICENSEファイルを削除しない
- ソースコードのヘッダーにあるライセンス表示を削除しない
- 「保証がない」という表示も残す
条件3: GPL v2のライセンス文を一緒に配布
原文の該当部分:
give any other recipients of the Program a copy of this License along with the Program

ossan
これは「配る相手にも、GPL v2ライセンスの全文を渡してね」ということ。
実務的には:
- プロジェクトのルートに「LICENSE」または「COPYING」ファイルを置く
- GPL v2の全文を含める
- 受け取った人も同じ権利を理解できるようにする

新人君
これって、MITライセンスの「ライセンス文を残してね」という条件と似てますね。

ossan
そうだね!ただし、MITライセンスよりも少し要求が厳しいんだ:
| 項目 | MITライセンス | GPL v2 |
|---|---|---|
| 著作権表示 | 必要 | 必要(目立つように) |
| ライセンス文 | 必要 | 必要(全文) |
| 保証の否認 | 含まれる | 明示的に必要 |
有料配布もOK
原文(続き):
You may charge a fee for the physical act of transferring a copy, and you may at your option offer warranty protection in exchange for a fee.
和訳:
あなたは、コピーを物理的に転送する行為に対して料金を請求することができ、またオプションとして、料金と引き換えに保証を提供することもできます。

新人君
え、逐語的コピーを有料で配っていいんですか?フリーソフトウェアなのに?

ossan
そう、これがGPLの重要なポイントなんだ!
有料配布が認められる範囲
- 物理的な転送コスト
- CD-ROMの製造費
- 送料・手数料
- ダウンロードサーバーの運用費
- サポートや保証の提供
- 技術サポート料金
- 商用保証の提供
- カスタマイズサービス

新人君
でも、買った人は無料で再配布できるんですよね?

ossan
その通り!これがGPLのユニークなところなんだ。
例えば:
- A社がGPL v2ソフトウェアを1万円で販売
- Bさんが購入
- Bさんは同じものを無料で(または安く)再配布できる
- A社は価格競争力を失う可能性がある
だから、GPL v2ソフトウェアの有料販売は、実質的には「ソフトウェア本体ではなく、サポートやサービスに対する対価」として成り立つことが多いんだよ。
まとめ
第1部では、GPL v2の前文と基本的な定義、そして逐語的コピーの配布ルールを見てきました。
重要なポイントをおさらい:
前文で学んだこと
- フリーソフトウェア = 「自由な」ソフトウェア(無料とは限らない)
- コピーレフト = 「自由を奪う自由」だけを制限して、自由を守る仕組み
- GPLの目的 = すべてのユーザーに同じ自由を保証すること
第0条で学んだこと
- 「プログラム」 = GPL v2が適用されるオリジナルのソフトウェア
- 「プログラムを基にした作品」 = 派生作品(改変版、一部を含む作品など)
- 実行は自由 = 使うだけなら制約なし、配布するときにルールが適用される
- SaaSの抜け穴 = 配布しなければソースコード公開義務なし
第1条で学んだこと
- 逐語的コピー = 一字一句そのまま、変更を加えないコピー
- 配布の条件 = 著作権表示、ライセンス文の保持、GPL v2全文の添付
- 有料配布OK = 転送コストやサービスに対して料金を請求できる
- 再配布の自由 = 買った人も同じ自由を持つ
この記事は一般的な情報提供を目的としており、法的アドバイスではありません。具体的な法的問題については、専門家にご相談ください。