はじめに
ヨーロッパの公的機関や企業で採用が増えているEUPL(European Union Public License)。欧州連合が開発したオープンソースライセンスとして注目を集めていますが、どのような特徴があるのでしょうか。
今回は、EUPLの基本から実際の使い方まで、わかりやすく解説します。
EUPLライセンスとは
EUPL(European Union Public License)は、欧州連合(EU)が2007年に開発したオープンソースライセンスです。EU圏内での公的機関のソフトウェア開発を念頭に置いて設計されており、多言語対応とヨーロッパの法制度に配慮した特徴的なライセンスです。
EUPLライセンスの構成
EUPLは詳細で体系的な構成を持つライセンスです。以下に主要な章構成を示します:
ライセンス本文の構成
EUROPEAN UNION PUBLIC LICENCE v. 1.2
EUPL © the European Union 2007, 2016
前文
1. 定義(Definitions)
2. ライセンスによって付与される権利の範囲(Scope of the rights granted by the Licence)
3. ソースコードの伝達(Communication of the Source Code)
4. 著作権の制限(Limitations on copyright)
5. ライセンシーの義務(Obligations of the Licensee)
6. 著作者の連鎖と保証(Chain of Authorship and warranties)
7. 免責(Disclaimer of Warranty)
8. 責任の制限(Disclaimer of Liability)
9. 追加の合意(Additional agreements)
10. ライセンスの受諾(Acceptance of the Licence)
11. 情報提供(Information to the public)
12. ライセンスの終了(Termination of the Licence)
13. その他(Miscellaneous)
14. 準拠法(Applicable Law)
15. 互換ライセンス(Compatible Licences)
付録:「互換ライセンス」
- GNU General Public License (GPL) v. 2, v. 3
- GNU Affero General Public License (AGPL) v. 3
- Open Software License (OSL) v. 2.1, v. 3.0
- Eclipse Public License (EPL) v. 1.0
- CeCILL v. 2.0, v. 2.1
- Mozilla Public Licence (MPL) v. 2
- GNU Lesser General Public Licence (LGPL) v. 2.1, v. 3
- Creative Commons Attribution-ShareAlike v. 3.0 Unported (CC BY-SA 3.0)
(ソフトウェア以外の作品用)
このように、EUPLは権利・義務・互換性について非常に詳細に規定されています。完全版(約4,000語)はEUPL公式サイトで23のEU公用語版をご確認いただけます。
※注意:EUPLには公式の日本語版は存在しません。日本で利用する場合は英語版などのEU公用語版を参照するか、必要に応じて専門家による翻訳をご検討ください。
主な特徴
1. 多言語公式版
EUPLは23のEU公用語で公式版が用意されており、各国の法制度に対応しています。これは他のオープンソースライセンスにはない大きな特徴です。
2. コピーレフト型ライセンス
- 改変したソースコードの公開義務
- 派生作品も同じライセンスで公開
- ネットワーク経由での配布も対象
3. 互換性条項
EUPL以外の互換ライセンス(GPL v2/v3、LGPL、Apache License 2.0など)との組み合わせが可能です。
4. 欧州法への対応
EU域内の法制度や知的財産権法に特化した条項が含まれています。
EUPLの主なバージョン
EUPL v1.1(2009年)
初回改訂版で、多くの機能が追加されました。
EUPL v1.2(2017年)
現在の最新版で、以下の改善が行われました:
- より明確な用語定義
- 互換ライセンスの拡張
- クラウドサービス対応の強化
何ができるのか
EUPLライセンスのソフトウェアでは、以下のことが可能です:
自由な利用
- 個人利用・商用利用問わず使用可能
- 改変・カスタマイズが自由
- 研究・教育目的での利用
配布・再配布
- 元のソースコードの配布
- 改変したバージョンの配布(ソースコード公開必須)
- ネットワーク経由でのサービス提供
特許権の付与 ライセンスには特許権の無償許諾も含まれています。
守るべき義務
1. ソースコード公開義務
改変したソフトウェアを配布する場合、ソースコードの公開が必須です。
2. ライセンス継承
派生作品は原則としてEUPLまたは互換ライセンスで公開する必要があります。
3. 著作権・ライセンス表示
- 元の著作権表示の保持
- EUPLライセンス条文の同梱
- 改変箇所の明示
4. 免責・保証制限の維持
元のソフトウェアの免責事項を保持する必要があります。
他のライセンスとの比較
ライセンス | コピーレフト | ネットワーク配布 | 多言語対応 | 特許条項 |
---|---|---|---|---|
EUPL v1.2 | あり | 対象 | 23言語 | あり |
GPL v3 | あり | 対象 | 英語のみ | あり |
MIT | なし | 対象外 | 英語のみ | なし |
Apache 2.0 | なし | 対象外 | 英語のみ | あり |
互換ライセンス
EUPL v1.2では、以下のライセンスとの互換性が認められています:
強い互換性(アップストリーム互換)
- GPL v2/v3
- LGPL v2.1/v3
- CeCILL v2.0
弱い互換性(ダウンストリーム互換)
- Apache License 2.0
- Eclipse Public License v1.0
- Mozilla Public License v2.0
実際の使用例
EUPLは主に欧州の公的機関や政府系プロジェクトで採用されています:
- 欧州委員会の各種ITプロジェクト – EU機関が開発するソフトウェア
- EU加盟国の公的機関 – 政府系システムや行政サービス
- Joinup プラットフォーム – EU のIT ソリューション共有プラットフォームで公開される一部のソフトウェア
- 研究機関プロジェクト – EU資金による研究開発プロジェクトの成果物
※EUPLは比較的新しいライセンスのため、GitHubなどで広く使われているオープンソースプロジェクトでの採用例は限定的です。主に公的機関や政府系プロジェクトでの利用が中心となっています。
開発者として気をつけること
プロジェクトでEUPLを採用する場合
1. LICENSEファイルの作成
- プロジェクトルートに「LICENSE」または「LICENCE」ファイルを作成
- EUPL v1.2全文をコピー(公式サイトから取得)
- 適切な言語版を選択(日本語版も利用可能)
2. 著作権表示の追加
/*
* Copyright (c) [year] [author name]
*
* Licensed under the EUPL, Version 1.2 or – as soon they will be approved by the European Commission - subsequent versions of the EUPL (the "Licence");
* You may not use this work except in compliance with the Licence.
* You may obtain a copy of the Licence at: https://joinup.ec.europa.eu/software/page/eupl
*/
3. README.mdでの表示
## License
This project is licensed under the European Union Public License v1.2 - see the [LICENSE](LICENSE) file for details.
EUPLライセンスのソフトウェアを利用する場合
1. ライセンス確認の手順
- プロジェクトのLICENSEファイルでEUPLバージョンを確認
- 互換ライセンスとの組み合わせ可能性を検討
- 改変予定がある場合はソースコード公開準備
2. 改変・再配布時の対応
- 改変部分を明確に文書化
- ソースコードを公開可能な形で整備
- EUPLまたは互換ライセンスを適用
3. ネットワークサービス提供時
- Webサービスやクラウドサービスとして提供する場合もソースコード公開が必要
- ユーザーがソースコードにアクセスできる手段を提供
日本での活用について
メリット
- 国際的な信頼性:EU公式ライセンスとしての権威
- 法的安定性:詳細な条文による明確な権利義務関係
- 特許リスク軽減:特許条項による保護
検討すべき点
- コピーレフトの影響:商用サービスでの利用時は注意が必要
- 認知度:日本ではまだ馴染みが薄い
- 管理コスト:ソースコード公開義務による管理負担
GPLとの違い
類似点
- 強いコピーレフト特性
- ソースコード公開義務
- 派生作品への同一ライセンス適用
相違点
- 多言語対応:EUPLは23言語で公式版を提供
- 互換性:EUPLはより多くのライセンスとの互換性を持つ
- 地域性:EUPLは欧州法制度に特化
まとめ
EUPLは、欧州連合が開発した国際的に信頼性の高いコピーレフト型オープンソースライセンスです。多言語対応や互換ライセンスの豊富さなど、GPLにない特徴を持っている一方で、強いコピーレフト特性により改変時のソースコード公開義務があります。
特に欧州市場への展開を考える日本企業や、国際的なプロジェクトに参画する開発者にとって、理解しておく価値のあるライセンスです。採用を検討する際は、プロジェクトの性質や配布方法を十分に考慮して判断することが重要です。
用語解説
コピーレフト:ソフトウェアの自由性を維持するため、改変・再配布時にも同じライセンスの適用を義務付ける仕組み。「左向きの著作権」とも呼ばれる。
ネットワーク配布:Webサービスやクラウドサービス等、ネットワーク経由でソフトウェア機能を提供すること。AGPLやEUPLではこれもソースコード公開の対象となる。
アップストリーム/ダウンストリーム互換性:アップストリームは他ライセンスからEUPLへの変更、ダウンストリームはEUPLから他ライセンスへの変更の可否を示す。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、法的アドバイスではありません。具体的な法的問題については、専門家にご相談ください。EUPLの最新情報は公式サイトでご確認ください。