はじめに

オープンソースソフトウェアの世界で最も古く、そして最もシンプルなライセンスの一つであるBSDライセンス。
1980年代のUNIX開発から生まれたこのライセンスは、現在でも多くのプロジェクトで採用され続けています。
しかし、BSDライセンスには複数のバリエーションが存在し、それぞれ異なる特徴を持っています。
今回は、BSDライセンスの全体像から各バリエーションの詳細まで、開発者が知っておくべき情報を包括的に解説します。

BSDライセンスとは

BSDライセンス(Berkeley Software Distribution License)は、カリフォルニア大学バークレー校で開発されたBSD UNIXと共に生まれたオープンソースライセンスです。
1980年代後半から使用されており、オープンソースライセンスの中でも最も歴史の古いものの一つです。

BSDライセンスは「寛容(Permissive)ライセンス」と呼ばれる種類のオープンソースライセンスで、利用者に多くの自由を与え、制約が少ないのが特徴です。
これは、ソースコードの公開を義務付ける「コピーレフト」ライセンス(GPLなど)とは対照的で、商用利用やクローズドソースでの利用も自由に行えます。

BSDライセンスの基本思想

BSDライセンスは「寛容(Permissive)ライセンス」に分類され、以下の基本思想に基づいています:

  • 最小限の制約:開発者の自由を最大限に尊重
  • 商用利用の促進:企業での利用を積極的に支援
  • シンプルさ:理解しやすく、実装しやすい条文
  • 実用主義:学術・商用問わず広く使えることを重視

BSDライセンスの種類

BSDライセンスには主に3つのバリエーションが存在します:

1. BSD 4-Clause(Original BSD)

  • 別名:Old BSD License
  • 制定年:1990年
  • 条項数:4つ
  • 現在の状況:推奨されていない(広告条項の問題)

2. BSD 3-Clause(Modified BSD)

  • 別名:New BSD License
  • 制定年:1999年
  • 条項数:3つ
  • 現在の状況最も一般的で推奨されるバージョン

3. BSD 2-Clause(Simplified BSD)

  • 別名:FreeBSD License
  • 制定年:1999年
  • 条項数:2つ
  • 現在の状況:より自由度が高いバージョンとして利用

BSD 3-Clause(Modified BSD)- メインバージョン

現在最も広く使用されているBSD 3-Clauseライセンスについて詳しく解説します。

ライセンス全文

BSDライセンスの各バリエーションの公式全文は以下で確認できます:

※日本語参考訳についてはOpen Source Group Japanをご参照ください。

BSD 3-Clause License

Copyright <YEAR> <COPYRIGHT HOLDER>
All rights reserved.

Redistribution and use in source and binary forms, with or without modification, are permitted provided that the following conditions are met:

1. Redistributions of source code must retain the above copyright notice, this list of conditions and the following disclaimer.

2. Redistributions in binary form must reproduce the above copyright notice, this list of conditions and the following disclaimer in the documentation and/or other materials provided with the distribution.

3. Neither the name of the copyright holder nor the names of its contributors may be used to endorse or promote products derived from this software without specific prior written permission.

THIS SOFTWARE IS PROVIDED BY THE COPYRIGHT HOLDERS AND CONTRIBUTORS “AS IS” AND ANY EXPRESS OR IMPLIED WARRANTIES, INCLUDING, BUT NOT LIMITED TO, THE IMPLIED WARRANTIES OF MERCHANTABILITY AND FITNESS FOR A PARTICULAR PURPOSE ARE DISCLAIMED. IN NO EVENT SHALL THE COPYRIGHT HOLDER OR CONTRIBUTORS BE LIABLE FOR ANY DIRECT, INDIRECT, INCIDENTAL, SPECIAL, EXEMPLARY, OR CONSEQUENTIAL DAMAGES (INCLUDING, BUT NOT LIMITED TO, PROCUREMENT OF SUBSTITUTE GOODS OR SERVICES; LOSS OF USE, DATA, OR PROFITS; OR BUSINESS INTERRUPTION) HOWEVER CAUSED AND ON ANY THEORY OF LIABILITY, WHETHER IN CONTRACT, STRICT LIABILITY, OR TORT (INCLUDING NEGLIGENCE OR OTHERWISE) ARISING IN ANY WAY OUT OF THE USE OF THIS SOFTWARE, EVEN IF ADVISED OF THE POSSIBILITY OF SUCH DAMAGE.

3つの条項の詳細

第1条項:ソースコード配布時の義務

ソースコードを配布する際は、以下を保持する必要があります:

  • 著作権表示
  • ライセンス条項のリスト
  • 免責事項

第2条項:バイナリ配布時の義務

コンパイル済みのバイナリを配布する際は、以下のいずれかが必要です:

  • ドキュメントに著作権表示・条項・免責事項を記載
  • または製品に同梱する資料に記載

第3条項:推奨・宣伝の禁止

著作権者や貢献者の名前を、事前の書面による許可なしに:

  • 製品の推奨に使用してはならない
  • 製品の宣伝に使用してはならない

BSD 2-Clause(Simplified BSD)

ライセンス全文

公式全文はBSD 2-Clause License – Open Source Initiativeで確認できます。

※日本語参考訳についてはOpen Source Group Japanをご参照ください。

Copyright <YEAR> <COPYRIGHT HOLDER>
All rights reserved.

Redistribution and use in source and binary forms, with or without modification, are permitted provided that the following conditions are met:

1. Redistributions of source code must retain the above copyright notice, this list of conditions and the following disclaimer.

2. Redistributions in binary form must reproduce the above copyright notice, this list of conditions and the following disclaimer in the documentation and/or other materials provided with the distribution.

THIS SOFTWARE IS PROVIDED BY THE COPYRIGHT HOLDERS AND CONTRIBUTORS “AS IS” AND ANY EXPRESS OR IMPLIED WARRANTIES, INCLUDING, BUT NOT LIMITED TO, THE IMPLIED WARRANTIES OF MERCHANTABILITY AND FITNESS FOR A PARTICULAR PURPOSE ARE DISCLAIMED. IN NO EVENT SHALL THE COPYRIGHT HOLDER OR CONTRIBUTORS BE LIABLE FOR ANY DIRECT, INDIRECT, INCIDENTAL, SPECIAL, EXEMPLARY, OR CONSEQUENTIAL DAMAGES (INCLUDING, BUT NOT LIMITED TO, PROCUREMENT OF SUBSTITUTE GOODS OR SERVICES; LOSS OF USE, DATA, OR PROFITS; OR BUSINESS INTERRUPTION) HOWEVER CAUSED AND ON ANY THEORY OF LIABILITY, WHETHER IN CONTRACT, STRICT LIABILITY, OR TORT (INCLUDING NEGLIGENCE OR OTHERWISE) ARISING IN ANY WAY OUT OF THE USE OF THIS SOFTWARE, EVEN IF ADVISED OF THE POSSIBILITY OF SUCH DAMAGE.

BSD 2-Clauseの特徴

  • 推奨・宣伝禁止条項がない:第3条項が削除されている
  • より自由度が高い:著作権者の名前を製品の宣伝に使用可能
  • MITライセンスとほぼ同等:実質的な違いはほとんどない

BSD 4-Clause(Original BSD)- 歴史的参考

なぜ推奨されないのか

BSD 4-Clauseには「広告条項」と呼ばれる第3条項が含まれていました:

3. All advertising materials mentioning features or use of this software must display the following acknowledgement:
This product includes software developed by the organization.

広告条項の問題点

  1. 実用性の低さ:すべての広告に謝辞を記載する義務
  2. スケーラビリティの欠如:複数のBSD 4-Clauseライブラリを使用すると謝辞が膨大になる
  3. 法的複雑性:「広告材料」の定義が曖昧
  4. GPLとの非互換性:GPLライセンスとの組み合わせができない

1999年にカリフォルニア大学バークレー校自身がこの条項を削除し、BSD 3-Clauseが誕生しました。

BSDライセンスの主な特徴と利点

1. 商用利用が完全に自由

特徴:

  • 商用製品への組み込みが自由
  • ライセンス料の支払い不要
  • ソースコード公開義務なし

具体例:

  • Apple社がBSD系のコードをmacOSに組み込み
  • 多くの組み込みシステムでBSDライセンスのライブラリを利用

2. プロプライエタリソフトウェアとの組み合わせが可能

利点:

  • クローズドソースの商用製品に組み込み可能
  • 企業の機密情報と組み合わせても問題なし
  • 改変内容を公開する義務がない

3. ライセンス互換性が高い

他のライセンスとの関係:

  • GPLv2、GPLv3との組み合わせが可能
  • Apache-2.0ライセンスとの組み合わせが可能
  • MITライセンスとほぼ同等の互換性

4. シンプルで理解しやすい

特徴:

  • 短い条文(Apache-2.0の約1/10の長さ)
  • 法務部門での承認が得やすい
  • 開発者が内容を把握しやすい

BSDライセンスバリエーション比較表

項目BSD 2-ClauseBSD 3-ClauseBSD 4-Clause
条項数2つ3つ4つ
著作権表示義務
ソース配布時の条項保持
バイナリ配布時の条項保持
推奨・宣伝禁止条項
広告条項
現在の推奨度高い最高非推奨
GPL互換性
実用性高い高い低い

他の主要ライセンスとの比較

ライセンスソース公開義務特許保護条文の長さ推奨・宣伝制限主な特徴
BSD 3-Clauseなしなし短いありバランスの取れた寛容ライセンス
BSD 2-Clauseなしなし最短なし最も自由度が高い
MITなしなし短いなし最もシンプル
Apache-2.0なしあり長いなし企業利用・特許保護重視
GPL v3ありあり非常に長いなし改変版も必ずオープンソース化

どのライセンスを選ぶべきか

BSD 3-Clauseを選ぶべき場合:

  • 商用利用を促進したいが、ブランド保護も重視
  • 法的な安全性と自由度のバランスを取りたい
  • 多くのプロジェクトと互換性を保ちたい

BSD 2-Clauseを選ぶべき場合:

  • 最大限の自由度を提供したい
  • 宣伝・推奨での名前使用を制限したくない
  • MITライセンスと同等の自由度が欲しい

実際の使用例

BSD 3-Clauseを採用している主要プロジェクト

  • Django – Python Webフレームワーク
  • Flask – Python軽量Webフレームワーク
  • Go – Googleが開発したプログラミング言語

BSD 2-Clauseを採用している主要プロジェクト

  • FreeBSD – 高性能・高信頼のUNIX系OS (2-clause BSD)
  • Nginx – 高性能Webサーバー(2-clause BSD-like license)

企業での採用例

Apple社:

  • macOSの基盤となるDarwinカーネルでBSDコードを多く使用
  • BSDプロジェクトからのコード移植を積極的に実施

Google社:

  • Android開発ツールの一部でBSDライセンスライブラリを使用
  • Chrome ブラウザでBSDライセンスのライブラリを組み込み

開発者として気をつけること

プロジェクトでBSDライセンスを採用する場合

1. どのBSDバリエーションを選ぶか

推奨:BSD 3-Clause

理由:
- 最も一般的で認知度が高い
- 推奨・宣伝禁止条項でブランド保護
- 企業の法務部門でも受け入れられやすい
- 他のライセンスとの互換性が高い

BSD 2-Clauseを選ぶべき場合:

- プロジェクト名を商品の宣伝に使われても構わない
- 可能な限り制約を減らしたい
- MITライセンスと同等の自由度を提供したい

2. LICENSEファイルの作成

ファイル名: LICENSE または LICENSE.txt

内容例(BSD 3-Clause):

BSD 3-Clause License

Copyright (c) 2024, Your Name
All rights reserved.

[ライセンス全文を記載]

3. ソースファイルへのヘッダー追加

# Copyright (c) 2024, Your Name
# All rights reserved.
#
# This source code is licensed under the BSD-style license found in the
# LICENSE file in the root directory of this source tree.

4. README.mdでの表示

## License

This project is licensed under the BSD 3-Clause License - see the [LICENSE](LICENSE) file for details.

BSDライセンスのソフトウェアを利用する場合

1. 著作権表示の保持

ソースコード利用時:

  • 元のファイルの著作権表示を削除・改変しない
  • ライセンス条項と免責事項を保持

バイナリ配布時:

  • ドキュメントやアプリの「バージョン情報」「ライセンス情報」画面に著作権表示を記載
  • ソフトウェアに同梱する資料(README、利用規約など)に条項を含める
  • Webサイトでの配布の場合はダウンロードページやヘルプページに記載

2. 複数のBSDライブラリを使用する場合

集約して記載:

This software contains code from the following projects:

1. Project A
   Copyright (c) 2020, Author A
   Licensed under BSD 3-Clause License

2. Project B  
   Copyright (c) 2021, Author B
   Licensed under BSD 2-Clause License

[各ライセンスの全文]

3. 推奨・宣伝での注意点(BSD 3-Clauseの場合)

第3条の制限事項:

  • 著作権者・貢献者の名前を派生製品の推奨・宣伝に使用することを禁止(事前の書面による許可がある場合を除く)

まとめ

BSDライセンスは、その長い歴史と実績により、現在でも多くの重要なプロジェクトで採用され続けています。
特にBSD 3-Clauseライセンスは、商用利用の自由度とブランド保護のバランスが取れた、実用性の高いライセンスとして評価されています。

BSDライセンスを選ぶべき場面

  • 商用利用を積極的に促進したいプロジェクト
  • シンプルで理解しやすいライセンスを求める場合
  • 他のライセンスとの互換性を重視する場合
  • 企業での採用を考慮したい場合

開発者への提言

ライセンスの選択は、プロジェクトの将来に大きな影響を与えます。BSDライセンスの各バリエーションの特徴を理解し、プロジェクトの目的や価値観に合致したものを選択することが重要です。また、ライセンスを遵守することで、オープンソースエコシステム全体の健全性を保つことにも貢献できるでしょう。

技術の進歩と共にライセンスの役割も変化していますが、BSDライセンスの基本理念である「自由と実用性の両立」は、今後も多くの開発者と企業に支持され続けることでしょう。


用語解説

寛容ライセンス(Permissive License):使用者に多くの自由を与え、制約が少ないライセンス。コピーレフトライセンスと対比される。

コピーレフト:改変版も同じライセンスで配布することを義務付けるライセンス条項。GPLが代表例。

バイナリ配布:ソースコードではなく、コンパイル済みの実行可能ファイルとして配布すること。


この記事は一般的な情報提供を目的としており、法的アドバイスではありません。具体的な法的問題については、専門家にご相談ください。